悲劇的序曲
ドイツロマン派を代表する作曲家であるブラームスは、その生涯で演奏会用序曲を2曲のみ作曲している。「大学祝典序曲」と「悲劇的序曲」である。この同時期に作曲された2曲についてブラームスは、友人で楽譜出版社のフリッツ・ジムロックへの手紙(1880年9月6日)の中で「学生歌を使ったり、さまざまな技巧を凝らしたりして、この陽気な大学祝典序曲を書いた」加えて「同じように悲劇的序曲を書かずにはいられなかった」と述べている。また、親交のあったドイツの作曲家カール・ライネッケにあてた手紙の中でこれら2曲について「一方は涙を誘い、もう一方は陽気な笑いを誘う」とも書いている。これらのことから、2曲の対になる演奏会用序曲を作曲するというブラームスの意図が見える。
実は、「悲劇的序曲」は、交響曲第3番の第2、第3楽章と共にドイツの文豪ゲーテによって書かれた戯曲「ファウスト」の付随音楽を意図していた。結果的に頓挫してしまったこの劇付随音楽は、ライン川中流上部にある町リューデスハイムのゲルマニアモニュメント(ニーダーヴァルト記念碑)に着想を得て、F-A-Fの動機を使用する意図であったという。
「悲劇的序曲」は厳格なソナタ形式(2つの主題を持つ「提示部」「展開部」「再現部」からなる三部形式)で書かれている。曲は決然とした2つの和音によって始まり(譜例1)、第1主題(譜例2)によって展開されていく。やがて第2主題(譜例3)が現れた後、第1主題が形を変えて展開され厳しさを伴った展開部に入る(譜例4)。再現部に入り、第1、第2主題が再現されるが、第2主題へ入る際のイ短調からイ長調への転調には特筆すべきものがある。クレッシェンドを伴った金管群の和音進行により、イ短調の下属音であるDの音を伸ばしているヴァイオリンが抑圧から解放されたかのような響きを持つのである(譜例5)。最後はまた厳しさを取り戻し、激しい4つの和音で曲を閉じる。
この曲の初演は、1880年12月26日ウィーン楽友協会大ホールにてハンス・リヒター指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によって行われた。この演奏会の他、ブレスラウやライプツィヒ、アムステルダムなどでの初演でもこの作品は良い評判を得られなかったが、次第に好まれるようになっていった。





