マヌエル・デ・ファリャの作品

バレエ音楽「三角帽子」第2組曲

マヌエル・デ・ファリャ

バレエ音楽「三角帽子」(原題:El Sombrero de Tres Picos)作曲の契機は1916年にファリャに出会った「バレエ・リュス」の創設者ディアギレフが作曲を依頼したことに始まる。彼はその頃発表されたファリャの交響的印象「スペインの庭の夜」をバレエにしないかと持ちかけたが、ファリャは気が進まず、新しい題材を探した。その結果、スペインの高名な作家ペドロ・アントニオ・デ・アラルコンが民話に即して書いた小説が採用された。ファリャはこれを「恋は魔術師」の台本も手掛けた劇作家グレゴリオ・マルティネス・シエラにバレエ用に改めるよう依頼し、作曲を開始した。その後、試演と加筆を経て、決定稿は1919年7月22日、ロンドンのアルハンブラ劇場でディアギレフのバレエ・リュスにより上演された。オーケストラの指揮はエルンスト・アンセルメ、舞台装置・衣裳はパブロ・ピカソが手掛け、初演は大成功となった。

バレエの舞台はスペイン南部の都市アンダルシア。「三角帽子」というのは、権威の象徴である3つ角の帽子のことで、これをかぶって威張り散らしている町の代官が美しい粉屋の女房に横恋慕したことに話は始まる。

第1幕では、代官が粉屋の前を通りかかり、女房の姿を見つける。その美貌に魅入ってしまい、手を出そうとするが失敗して恥をかき、粉屋の主人に牽制される。

第2幕はそれと同じ日の夜。この日は聖ヨハネ祭(夏至)なので、近所の人々が粉屋の住む水車小屋の前に集まって、酒を飲みつつ踊りに興じている(隣人たちの踊り)。この曲はセギディーリャと呼ばれるスペイン舞曲の一種である。

夫婦は2人でフラメンコの舞曲、ファルーカを踊りだす(粉屋の踊り)。ホルン、次いでイングリッシュ・ホルンの情熱的なソロの後、弦楽器が動的なリズムを刻む。踊りも盛り上がり、皆が夫婦をたたえて盃を重ねていると、突然扉をたたく音が聞こえる。ここでのノック音は「運命はこのように戸をたたく」ことをユーモアに変えて、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」をもじったものである。不吉な予感を覚えて出ようとする女房をおさえて、主人が戸をあける。するとそこには代官の護衛兵たち。主人は連行されてしまう。客たちもびっくりして静まり返り、次々と帰って行く。家で1人になった女房は先ほどまでの楽しい宴を思い出した後、護身にと、壁に掛けてあった鉄砲を取って傍らに置く。時刻は9時になる。

戸の外に足音がする。代官である。主人の誘拐はもちろん代官の悪だくみだ。したり顔でやって来た代官はよたよたしながら1曲踊る(代官の踊り)。それから粉屋の家に近づこうとするが、足を踏み外して小川に落ちてしまう。見かねた女房が手を貸そうとするが、逆に代官が迫ってくる。女房は家の中へと翻り、鉄砲を取ってきて代官を脅かし、その間に女房は逃げる。びしょ濡れの代官は乾かすために上着を脱ぐが、寒かったため夫婦のベッドに潜り込む。と、そこへ留置所から逃げてきた粉屋の主人が帰って来た。主人は乾かされた代官の服と三角帽子を見て、女房が寝盗られたのだと勘違いして怒り狂う。それから、彼は壁にこう書く。「代官様、これからかたき討ちに参ります。代官のご夫人も美しいお方ですから」と。主人は代官の着ていたものをそのまま身につけ、家を出る。

おそるおそる粉屋の様子を見ていた代官は、この書置きを見て驚き、追いかけようとそこに脱ぎ捨てられていた粉屋の服を着て出る。するとそこへ脱走した粉屋を追ってきた護衛兵たちが登場する。代官が粉屋の服を着ているものだから、護衛兵たちは代官を粉屋と間違えて散々痛めつける。村人の加勢を呼んで戻って来た女房はその様子を見て、主人が殴られているものと勘違いして割って入ろうとする。さらには、そこへ代官夫人に説得されて戻って来た粉屋の主人も妻を助けようと護衛兵に殴りかかって、大変な騒ぎになる。代官は自分の愚かしい様子を恥じ、ようやく代官だと気付いた護衛兵を連れてこそこそ逃げ去る。村人たちは普段から威張り散らしている代官に仕返しができたと喜び、代官に似せたわら人形を持ちだして楽しげな踊りを始める(終幕の踊り)。この踊りがクライマックスとなる「ホタ」の踊りである。粉屋の夫婦もお互い訳を知って和解し、村人と共に踊る。皆が歓喜に満ちる中、幕が閉じる。

演奏会用に編まれた「第2組曲」は第2幕の中から、「隣人たちの踊り」、「粉屋の踊り」の一部、「終幕の踊り」が抜粋されている。

(Cl.3 大森 脩史)