ルードウィヒ・ファン・ベートーヴェンの作品

交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」

ルードウィヒ・ファン・ベートーヴェン

数ある交響曲のなかでも最も広く知られているものの一つである「運命」交響曲は、1804年に「英雄」交響曲が完成した直後に作曲が始められた。1803年にはすでにこの曲に関するスケッチが行われており、1808年の初演まで実に5年もの歳月を要している。初演はウィーンのアン・デア・ウィーン劇場において、彼自身の指揮で行われた。1808年はベートーヴェンの創作時期の中期にあたり、この時期には「田園」交響曲や歌劇「フィデリオ」をはじめとした数々の傑作が生み出されている。この頃は耳の病が悪化し会話も不自由な状態であったが、作曲家として経済的に安定し、創造力にあふれていた。このような時期に、「運命」交響曲は作曲された。

「運命」交響曲は冒頭の「運命が戸を叩く」とベートーヴェン本人が語ったとされる動機(譜例1、以後「運命の動機」と表記する)によって全体が統一されており、これは交響曲第5番が「運命」という名で知られるようになった由来である。この「運命の動機」は変形しながら各楽章に幾度となく現れ、1小節たりとも途切れない緊張感を形成している。しかしこの構成に行き着くまでには、何度も紙をはり重ね書き直した推敲の過程があり、このことは曲の完成までに多くの時間を要することになった一つの理由かもしれない。

また「運命」交響曲は、ハイドンが完成させた古典的ソナタ形式の第1、第4楽章を中心とした4つの楽章で構成されるという交響曲の定型を守った、最後の交響曲である。この作品を境に、ベートーヴェンは第5楽章が存在する「田園」交響曲や合唱が登場する交響曲第9番など従来の交響曲の枠を超える作品を書き上げ、後のドイツロマン派音楽への道を切り開くのである。

第1楽章:Allegro con brio ハ短調 4分の2拍子

ソナタ形式。冒頭の第1主題、弦楽合奏とクラリネットのユニゾンで奏される運命の動機は、全曲の中心を貫いている。第2主題はホルンの吹く運命の動機に導かれ、柔らかな旋律で楽器を換えながら繰り返される。運命の動機によって綿密に構成された本楽章は、次の楽章に期待を持たせ雄大に締めくくられる。

譜例1 運命の動機

第2楽章:Andante con moto 変イ短調 8分の3拍子

変奏曲形式。主題は2つの部分からなり、第1主題はチェロによって物静かに、かつリズミカルに歌われ、第2主題(譜例2、以後「希望の動機」と表記する)はクラリネットとファゴットによって奏された後、金管楽器によって華々しく吹き上げられる。また、この主題はハ長調にて奏される。「運命」交響曲の全曲の構成としてハ短調からハ長調に向かう、すなわち逆境から勝利へ向かうと言うことが挙げられるが、この第2主題は全曲を通じてはじめてのハ長調の部分であり、後の第4楽章(主にハ長調で演奏される)を先取りしているとも言える。主題提示に続く各変奏の後、終結部で速度を速め、曲は結ばれる。

譜例2 希望の動機

第3楽章:Allegro ハ短調 4分の3拍子

スケルツォ。チェロとコントラバスから始まる第1主題のあと、運命の動機が少し形を変えてホルンによって呈示される(第2主題)。トリオの主題はチェロとコントラバスによって慌ただしげに現れる。ティンパニがメロディを受け持つ第4楽章への経過部を経て、切れ目なく第4楽章に入る。

第4楽章:Allegro-Presto ハ長調 4分の4拍子

ソナタ形式。この楽章では新たに3本のトロンボーンとコントラファゴット、ピッコロが加わり音の響きを増している。なお、トロンボーンはこの曲で歴史上初めて交響曲に使われ、後の交響曲で一般的に使用される楽器となった。第1主題は推進力を持ってハ長調で奏される。第1ヴァイオリンによって呈示された第2主題はト長調で奏され、音量の対比が美しい。途中、展開部において第2楽章で登場した希望の動機がハ長調で登場するが、突如第3楽章のスケルツォが再び現れる。この展開の仕方は「運命」交響曲において特徴的なものである。終結部ではさらに速度を増し、さながら勝利の歌を響かせる。主和音を29小節間に渡って連続して鳴らし曲は壮大に幕を閉じる。